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【第一章「ごっつい顔面のブ男勇者(自称)・五津井岩面のアンニュイ」】
●第2話:「目には目を、歯に歯を、バカにはバカを」
『其の大陸何人たりとも、立ち入ること能わず。
幾重もの結界にて、この大陸を禁忌の地とす。
何時如何なる時、如何なる争いの中、如何なる理由を以ってしても、是侵すこと勿れ』
戦後、《聖母》スミレ=クィナの名の下に締結されし《鉄壁の不可侵条約》と呼ばれたこの条約は、人類にとって絶対不可侵のものとして国家の上に君臨した。
その立場は500余年経った今もなお、守られて続けている。
………………………
………………
………
…
激しい戦いの傷跡も当時のまま。
北極点にきわめて近いこの大陸には、常に吹雪が荒々しく吹き抜ける。
大地は厚い氷に覆われ、雪のクローゼットでコーディングされている。
周囲には生命の気配を感じない。死の大陸。
極寒の大地アールグレイ。
その中心にそびえる漆黒の城――《魔王城本店》
500年程前に勇者一行に施された時の封印は今は最早無く、魔王城は当時の姿のままこの大地に現出した。
現在、大陸を囲う幾重にも重ねられた結界は既に周囲を騙すがための偽者だ。
その大きさは小さな一つの街程度なら優に上回り、全体に施されたバロック調の壁面は天へと高く伸びていた。
城の周囲を覆うように作られた巨大な壁には、悪魔と思わせる彫刻が立ち並び、正面にある門には巨大なモンスターの顔らしきものが口を開いている。
絶対的な威圧感。
近づく敵はその光景だけで萎縮し戦意を失うこと請け合いである。
5年前、魔王は復活していた。
同時に共に封印されていた数多くの魔族たちも蘇る。
各地に逃れ人間社会の中でひっそりこっそりと過ごしていた魔族の子孫たちも、彼の復活を知り彼の玉座の元へと集いつつあった。
たった5年足らずであったが徐々にその数を増やし、その脅威は確実に肥大化していく。
そう、魔族による過去の雪辱が今静かに始まろうとしていた。
―――ハズなのだが。
当然、当時の姿なままなので、建物は破壊されただの瓦礫のようになっていた。
修復の後がところどころに見受けられるが、やはりどこかボロい。
その証拠に、ところどころ木材や布などで補修された場所が、そこかしこに見受けられた。
なんともまぁ示しのつかない姿である。
そんな感じの、割と損傷の少ない玉座の間。
重厚かつ細かい装飾がなされた入り口の扉から、玉座までの距離はかなり長い。
さらに玉座にたどり着くまでに何段もの階段があり、玉座に近づくにつれ高くなっていく。ちゃんと赤絨毯も敷かれている。
部屋自体も大きく、横幅など簡単に数百名収容できるほど広く、天井はどこまでも高い。
過去の戦いで多少一部は崩壊してしまっていたが、この間中に描かれた壁画や彫刻は今でも悠然と厳かに存在していた。
当然、玉座自体も魔族たちの芸術の粋が収斂しており、美しい宝石たちがアクセントとして散りばめられている。あと木と布。
「…………」
お金に換算したら「一体どんだけの人間が一生暮らしていけるんだ?」というほどのゴージャス玉座に一人の男が“立って”いた。
座るために作られたとしか思えない芸術の塊の上に、男は立っていた。
「…………」
男は無言で天を仰ぐ。右手にはパイプを持っていた。もくもくしていた。
「…………フフッ」
静かに笑う男。
よくみると初老がかった皺のある精悍な顔。それでいてどこか少年のような輝く目。しかし、その瞳は狡猾で鋭い光を帯びている。
赤みがかった黒髪はふさふさ。清潔感のあるよく手入れされた髪だ。
「フフ……我が復活……真に素晴しい。お、いい輪っか」
ポワッっとパイプを吸い紫煙を口から出す男。彼の目前にはキレイな煙の輪が浮いていた。
身長は高め。その体は、玉座の肘掛に右足だけ乗せ、腰に左手を当てポーズを取っている。
黒基調のローブで覆われていて体格は見えないが、どうやら推測するに平均的な体躯のようだ。
勿論、体を覆うローブは安物ではなく、その生地は純製シルク。その上、散りばめられた金色の刺繍に小さい宝玉たち、高貴さを崩さない程度に掛けられた金属のアクセサリー……とっても高そうだ。
「過去。あの忌々しい勇者の小僧に倒されて以来……我の怨念は3.5倍(当社比)まで膨れ上がった……ぷふ〜」
再び煙を吐きながら語る男。その顔はどこか悦に入っているようにも思える。
ここまでならただの変なオジサンだが、ある二点のみ、変なオジサンから奇怪なオジサンへと昇華させるものがあった。
頭の左右に生える二本の角。そして長い耳。
闘牛のような前方に向けて生える雄雄しい角と、伝承で聞かされるエルフのようなツンと跳ね上がったこの長い耳が、このオジサンがただの変な金持ちオジサンではないことを示している。
魔族。
魔族といっても種類はまちまちだ。彼のような人間と似た姿のもの、むしろモンスターに近いもの。ただ共通して耳だけはツンツンしている。
そして彼は数多くいる魔族の中でも、頂点に立つ――
トントン。
いつの間にか輪っか作りに興味が赴き、ひたすら正円を作ろうと必死になっていた只者ではない変な金持ちオジサン。
そんな矢先、玉座の間の扉が静かにノックされる。
「ちっ……………………入れ」
彼はゲームをやっている最中に親が部屋の掃除にやってきた子供のような声で、訪問者の入室を許可する。
その際、もう煙を出さなくなったパイプの消し屑をトントンと玉座に落とす。
「失礼しま……って、なにやってんですかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
バキィ!!
「ぐほぁっ?!!」
重厚な扉を開き入ってきた人物は、パイプから玉座の上に灰を捨てようとしていた男に向かって勢いよく飛び蹴りをかます。
ワインレッドのスーツに描かれた稜線はしなやかに美しく、一部は大胆に。
均整のとれたウエストとヒップを覆うスカートからは、肌色のストッキングで守られたスラッとした美しい太もも。
そして脚線美の先には深紅のハイヒール。
そのハイヒールの尖がった踵が、初老かかった男の頬を見事にえぐっていた。見事にえぐっていた。見事にえぐっていた。
「ぎぃやぁぁ……っ!!」
この世のものとは思えないような奇声を上げ、玉座から吹き飛ぶ男。
男は飛んだ。過去の栄光滴る天井へと。
その飛距離は十数メートル超。縦に毎秒10数回は回転し、グシャリと頭から着地。
登場早々あわやと思ったが、ご安心! すぐ復活!
「な……なんだ……どうしたっ?! ま、まさか、て、敵襲かっ!!!?」
慌ててキョロキョロと周囲を見渡す男。
腫れ始めた頬の上を、頭から流れる血がダクダクと滴り落ちる。だがパイプだけは離していなかった。離していなかった。離していなかった。
「何をやっているんですかっ! あれほど『玉座は奇麗に使ってください』って申し上げましたでしょうっ?!!
この玉座は偉大なる先代様たちが何十年もかけ、世界中の有名な芸術家たちに作らせた、やんごとなき一品なんですよっ?!
土足で立ち上がるだけでも大事ですのに、その上に灰を捨てるなんて何事ですかっ!!」
ゲシゲシッ。
「い、痛っ!! カ、カリシェ、ヒールはマジ痛いっ!!!」
怒り散らしながら、カリシェと呼ばれた女性は何度も何度も、それは執拗に男をヒールのつま先で蹴り続ける。
男はひぃひぃ言いながら手で防ぐ一方だ。
「あなた様とっ、いう方はっ、いつもっ、何度言ってもっ、わからないっ!! いい加減っ、少しはっ、学びっ、なさいっ!!!」
「ぐげっ! だ、だから痛いっ!! って、顔はやめ……っ!!」
既に血だらけで腫れに腫れているため、顔がどうこうなど関係ない気がするが、男は必死に顔を守ろうと両腕で覆う。
陰湿と言えるぐらいに蹴り続けるカリシェの長いプラチナブロンドは乱れに乱れ、本来なら絶世の美女であったであろうその色白な顔は血に飢えた獣としか思えない。
スタイリッシュでボンッキュッッパッな肢体も、今は見る影もなくワイルド。野生である。
「全く貴方という人はっ! それでも偉大なる魔族たちの長たる人物ですかっ! そんなんだから500年前もあの忌々しい人間どもに遅れを取ったんですよっ!!」
ゲシゲシゲシ。
「…………」
「考え方を改めないと、ご自分の立場に自覚を持たないとっ! 今回もまた人間どもに倒されてしまうじゃないですかっ?!!」
ゲシゲシゲシゲシ。
「…………」
「どうなんですかっ?! どうなんですかっ?!! どーーーーなんですかぁっ??!!」
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
「…………」
「お言いなさいなっ! 我らが偉大なる《大魔王バラレン様》っ!!!」
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
ゲシゲシゲシゲシゲシ。
チーン。
「…………」
そう、このカリシェにひたすら蹴り続けられ白目をむいて気絶している男こそ――
全ての魔族の頂点に立つ魔族たちの王――
「黙ってないで、何かおっしゃりなさいっ!! さぁ早く! 可及的速やかにっ!!」
「……………………」
――《大魔王バラレン》である。
………………………
………………
………
…
「……して何用だ? カリシェ=ラーリクトよ」
魔王城本店・玉座の間。
とぉぉぉってもエクスペェェェェェンシブッな玉座の上にちょこんと正座して、大魔王バラレンはボッコボコに腫れた顔を目の前の部下に向ける。
そして、それはもう威厳ある声で告げる。手には相変らずパイプを持ちながら。
「はい、バラレン様。一つお伝えしたいことがあり、ご報告に上がりました」
「うむ」
恭しく玉座の前で頭を垂れるカリシェ。その姿だけ見れば、頭のキレる有能な美人秘書のようだ。
頭と共に垂れ落ちる細くしなやかな銀髪から、尖がった耳が生えている。
「一年ほど前に、各地に放った伝令からバラレン様復活の報を聞き、各地に散らばっていった魔族たちの召集がほぼ完了したということは既にご存知の通りかと思います」
「いいや」
…………。
「そういえば、徐々に魔族たちが増えてきているなぁとは思っていたが」
「…………」
「そうかみんなやってきてるんだな。わざわざこんな寒いところに来るとは、なるほどなるほど」
「…………」
「ふむ、これで我ら魔族も再度繁栄の日をみることができるやもしれんな……お、いい輪っか」
ニカッといい笑顔を向ける大魔王バラレン。ぐちゃぐちゃな顔のせいで、ちょっと気持ち悪い。
「…………バラレン様」
「ん?」
本人的にはさわやかな笑顔のまま、首をちょっとかしげるバラレン。
頭を垂れたままのカリシェが微弱に震えていることなど全く気付いていない。
「わたくし、お伝えしませんでしたっけ……? 去年魔族が集結し、陣営を整えつつあることを……」
「そうだったか?」
「そうなんですっ!」
「ひっ!」
思いっきり「バンッ!!」と勢いよく地面を踏みつけるカリシェ。
その音におののくバラレン。
ヒクついた笑顔のまま固まっている彼女の額には、無数の血管が浮き出ていた。
「そういえば、あの時のバラレン様……一人でカードゲームをやっていましたよね……?」
カリシェは思い出していた。去年の大体今頃のことだ。
勇者アカサタナにより魔族が異世界に封印されてから、早500年。
しかし、魔族が全員封印されたわけではない。
一部の魔族は何とか勇者一味から逃れ、人間界でひっそりと生きてきた。
そんな中で、魔族の中の変わり者たちは、バラレン復活の際にいくつか人類のオモチャなどを彼に献上したのだ。
もともと珍しいものに対して好奇心旺盛なバラレンは当然、それらに食いついた。
それこそ毎朝毎晩、ずっとひっきりなしに、飽きることなく……。
魔族の集結状況についての報告もちょうどそんなときだった。
あの時はまだ集まった魔族たちの編成などが優先だったので大目にみていたが、どうやらそれがいけなかったみたいだ。
それに気付き数ヶ月前に全て廃棄処分したにはしたのだが、まだその名残があったとは……。
「も、もう最近はゲームなんてしていないじゃないか! あ、あのときのことはもう水に流すってお前……」
「…………」
怯えるバラレンをギロリと睨めつけたままカリシェは思う。この方は駄目だと。
カリシェ=ラーリクトは封印から逃れた魔族の末裔だ。
魔王封印後、なんとか人間たちの手から逃れた魔族たちは、それはもう厳しい余生を余儀なくされた。
魔族の残党狩りを始め、虐待や見世物、奴隷や娼婦など……思いつく限りの辛苦を舐めた。
それは、時が経つにつれ徐々に緩和されてきたが、今現在でも“はぐれ魔族”の立場は低いままである。
特にカリシェのような、人間と魔族のハーフ。その周囲の目の厳しさは言うまでもない。
幸い、彼女には頼るべき義兄と、守るべき義妹がいたお陰でこうして強く生きてこれたが――。
当然、彼女は人類を憎んでいる。
それはきっと、封印され時を止められていた当時者たちより根深い。
「…………」
黙って目の前の大魔王を見据える。
ギュッと体を小さくし、汗ダクダクでこちらを見ている。その姿はまるで蛇に睨まれたカエルのよう。
「(情けない……)」
眉間にシワを寄せ、心の中でため息をつく。
これが我等魔族の頂点を統べる者の姿とは……。
彼女は先代の魔王を知らないが、話を聞く限りではそれはもう素晴しい人物だったようだ。
笑いながら人を殺し、掃き溜めにゴミを捨てるように街を滅ぼす。
まさに彼女の憧れる魔王。
恐怖の代行者。
魔族の永遠なる繁栄の象徴。
その息子はここまでダメダメなんて……。
その通り。カリシェは頭“が”キレた美人秘書なのだ。
「さっきから黙っているが……、そ、そろそろ報告を聞きたいかなぁ〜って思うんだが……」
カリシェの沈黙に耐え切れなくなったのか、バラレンが引きつった笑顔で顔色を伺ってくる。
「…………」
「の、のう、カリシェ……?」
「…………」
今は惜しんでも仕方がない。どう転んでも今の魔王はこの方なのだから……。
ふぅっとため息をつき、考えを改めるカリシェ。私がなんとかしないと。
「まぁいいです。とりあえず魔族はとても集まってきたということです。覚えておいてくださいませ」
「はい」
素直に頷くバラレン。背筋をピンときれいに伸ばしつつ。
「人間たちはまだ我々が復活して勢力を拡大していることは知りません。
現在、ダミーの結界を張り巡らし、《ウルグレイ》の監視者どもの目を誤魔化していますが、それもそろそろ限界でしょう」
手に持っていた書類とは別に、豊満な胸の谷間から小さい手帳を取り出し、淡々と語りだすカリシェ。
一瞬バラレンの顔が歓喜に満ちたが、慌ててすぐに取り繕う。
《ウルグレイ》とは、アバシア大陸北東にある城砦都市の名前だ。
人間たちが魔王復活時に対応すべく作られた堅固な城塞都市で、《神聖委員会》とかいう宗教団体管理下の中立都市である。
その役目は、アールグレイの観測。
大陸中の識者たちが集まり、日々魔王封印の動きをチェックしているという。
が、現在では《神聖委員会》を始めとしたお偉いさん方の天下り先として目下活躍中の場所だという認識のほうが強い。
だから、ダミーの結界でもバレずに五年間戦力を蓄えることができたといっても過言ではない。
そして魔族軍が大陸へ侵攻しようとするならば、まず最初に攻略しておくのはこのウルグレイであろう。
「ふむ……そういえば以前より結界、結界と言っていたがそこのことだったんだな」
「…………ええ」
一瞬、目眩を覚えたがなんとか立ち直るカリシェ。ああ、魔族の栄光ってくるのかしら……。
「そこで、以前よりバラレン様の命でお探しになっていた《勇者》に関しての件なのですが……」
ピク。
《勇者》という単語を聞いてバラレンの表情が変わった。
さっきまでの怯えた子供のようなものではなく、内から湧き出る静かな激情を抑えているような、そんな表情。
カリシェはそんな彼の変化に気付かないまま、めんどくさげに続ける。
「結論から言いますと、《勇者》は既におりません。勿論、“神剣の波動”もございません」
「な、なんだとぉうっ?!」
一瞬だけ見せた魔王らしい顔つきをあっさりと消し、バラレンは唾を吐きながら立ち上がる。
ちなみにその唾は正面にいるカリシェにおもいっきりかかっていたが、彼女は激しく表情を歪めながらも黙ってハンカチで拭う。
「ここ数年に渡り、勇者に関する情報を探ってみたのですが、我らに辛酸を飲ました彼のアカサタナはとっくに死んでおります。
どこにも彼の生存を確認するものはありませんでした。当然と言えば当然ですね」
「なんてことだっ! 我を封印し、我を倒し、我に敵対し、ついには我を倒すために旅に出た勇者アカサタナが、もういないだとう!! たった500年そこらでっ!!」
順序逆だろという突っ込みはともかく、あまりにもショックだったのか興奮してその場で騒ぎ散らすバラレン。
興奮した勢いで思わず玉座に這い上がろうとしたが、それはカリシェの回し蹴りにより成されることはなかった。
「いえ、バラレン様。人間の寿命は100年もありません。我々だってそこまで長寿じゃありません。たったというのは……」
「ぐ、ぐむぅ……し、信じられん……まさかあの勇者が……」
ぐったりと玉座に這い上がり、座り込むバラレン。そうとうの落ち込みようだ。
「といっても別にアカサタナは寿命で死んだわけではございません。バラレン様たちを封印した直後に力尽きた模様です。
彼の後継者となり《神剣ダイナルダスター》を扱えるような者もいなかったようです」
「……なんだと?」
既に涙目になりつつあったバラレンが、少しだけ真剣な目でカリシェを見る。
「はい。人間どもの言い伝えでは、バラレン様との激闘の末、力尽きたと……」
少しだけ不思議な顔つきでカリシェは答える。
自分はすぐに避難していたので、バラレンが倒されたところはみていない。いや、恐らくどの魔族も見ていないのだ。
「《ダイナルダスター》は?」
「はい?」
さっきまでの様子とは似つかない様子のバラレンに、思わず間の抜けた声を発してしまうカリシェ。
そんな彼女の態度に気にした風もなく、バラレンは再度同じ内容を尋ねる。
「《ダイナルダスター》は存在しておるのか?」
「あ、はい。……調査員によると現在“行方不明”といわれております」
「…………ふむん。そうか……」
何か思い耽った顔で虚空を見つめるバラレン。そのようやく腫れが引いてきた表情からは感情が伺え知れない。
「バラレン様?」
今までで初めてみたバラレンのシリアスモードに、ちょっと動揺するカリシェ。
あら、意外に真面目なところもあるのね。黙っていればダンディなオヂ様ですのに勿体無い。
「…………」
「バラレン様?」
あまりにもしんみりした空気に、息苦しさを覚えつつカリシェは再度問いかける。
あれ、もしかして結構ショック受けてらっしゃる?
そりゃそうよね、魔王にとって勇者は憎き敵であり、良きライバルでもあるのだし……。
「…………」
バラレンは相変らず沈黙を保つ。
…………。
「…………ちょっと失礼」
おずおずとカリシェはバラレンの顔に近づく。決して惚れたわけではない。
「スー……スー……」
「寝てるんじゃねーーーーーーーーっ!!!」
バキィッ!!!
「ぐおっ?!! ど、どうした?!! ま、まさか、て、敵襲かっ?!!!」
どっかで聞いたようなセリフを吐きながら、バラレンはキョロキョロと蹴られた頭をさすりながら周囲を見渡す。
「目を開いたまま寝るってどんだけ器用なんですか、あなた様はっ!!」
「お、おう? す、すまん……つい気持ちよくなってしまって……」
あわてて取り繕うバラレン。その瞳は恐怖で染まっていた。
「もういいですわっ! とりあえずバラレン様。勇者はもう存在しません。アカサタナの奴はいません! 後継者も!
我らが脅威となる《神剣ダイナルダスター》を扱える人物は、最早この世にいないということです!!」
「そ、そうだなっ、うん、その通りだっ! だ、だからその手を離し……」
バラレンの首を万力のような力で絞めつつ、カクカクと揺さぶるカリシェ。その目はやっぱり異常だった。
「では、私はそのことをお伝えするために参りましたので、これで失礼致しますっ!」
バッと手を離し、咽るバラレンを尻目にツカツカと扉から出て行くカリシェ。
「お、おうっ、ごほっ。げ、元気でな……」
バタァン……ッ!
大魔王は部下に対してそんなことしか言うことができなかった……。
<第3話へ続く...>
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